2017.10.11-22 スペイン・ポルトガル 6/9
【8日目】18日(水)
うって変わって本日は快晴!準備とパッキングを終えて朝食へ。種類は多くないがシャンパンが置いてあって優雅(ドライバーだから飲めないのが残念)。レストランは舞踏会会場のような中世感。天井の凸凹した木彫りが印象的だった。
食後、ホテル内を散策。今にもお姫様が出てきそう。絵本の中に迷い込んだ気分になる。
ホテル入って左側にはラウンジスペースがある。机や椅子の木彫りが豪華
ホテルの外も散歩。裏庭にてチャペルと泊まった部屋(左角の2F)。歴史ある祈りの場所のすぐ上に宿泊できるなんて驚き森の中を抜けてコインブラ門の方へ歩く。門の外は見晴し台になっているがコインブラの町自体は見えない(もう少し左側)散策路沿いには素朴な石造りの井戸やチャペルがいくつかある。樹木の種類も様々で、栗がたくさん落ちている場所も。秋だなぁ!ホテル正面玄関と駐車場へ続く外廊下。床モザイクや天井、柱の色がシンプルなのがアズレージョの美しさを引き立たせているが、それぞれ凝った彫刻やデザインなので負けておらず、全体の調和が取れているホテル正面玄関と廊下を前庭から臨む。右側にある大きなステンドグラスの裏にホテルフロントがある
ずっとここに滞在していたくなる。後ろ髪をひかれつつ出発。
14世紀後半、アヴィス朝の始祖ジョアン1世が隣国カスティーリャとの戦いに奇跡的勝利を遂げ、スペインに対するポルトガルの独立を守った。聖母マリアに感謝をささげるために1388年に修道院建立に着手、16世紀初頭まで建設が引き継がれた。ゴシック・マヌエル様式を代表する建築のひとつ。
Capela do Fundador 創始者の礼拝堂:ジョアン1世と家族の墓所、15世紀建設。3階分くらいの天井と縦長のステンドグラスが圧巻。エンリケ航海王子の棺もあるらしいが特定できなかった(エンリケ王子はジョアン1世の息子) Claustro de D.JoaoⅠ ジョアン1世の回廊:噴水。石造りなのにどうしてこんな柔らかそうな曲線が出せるのか。1515年に完成したゴシック様式の簡素な回廊に、約100年後にボイタック(ジェロニモス修道院の建築家)がマヌエル様式の装飾を追加したそう。マヌエル様式の彫り師はんぱない、細かすぎる。天球儀や十字架やロープ、鎖など、大航海時代を象徴するモチーフが多用されている。ロープや鎖の彫りは、ドイツのプレッツェルに見えて仕方なかった・・・お腹空いてるの?!Claustro de D.Afonso V アフォンソ5世の回廊:こちらは15世紀建造のゴシック様式Capelas Imperfeitas 未完の礼拝堂:100年ほど工事が続けられたのに未完成のまま終わった礼拝堂。未完の理由は設計ミスとも建築家不在とも言われるが詳細不明。天井が出来上がっていないので風雨にさらされ、鳥が巣を作っている。門や柱の彫刻は、修道院の他の場所以上に気合が入っているように見え、完成していたらどんなに素晴らしかったのだろう。門は何重にも彫りが施されている。内側から見える青空と相まって、天空の城ラピュタを彷彿とさせる雰囲気だった
欧米人シニアの団体客がやたら多い。祝日あったっけ?と思ったがシニアだから関係ないのね。10月中旬って夏が終わって旅行代金が安めなのかもしれないな。
●アルコバサ修道院
初代ポルトガル国王アフォンソ・エンリケスが、キリスト教国としての王国の地位を固めるために建設しシトー修道会に寄進した。建設は1153年開始1222年完成、その後も増改築が行われた。
Sala dos Reis 王の広間:18世紀に建設。アズレージョが美しい厨房:超巨大な煙突やかまど、水場などが見られる。最盛期には約1000人の修道士が暮らしていたというから、食事の支度は毎日戦場のようだったのでは。きっと火を使えば厨房全体灼熱だったと思うし。食堂には修道士の太り過ぎをチェックする狭い扉があって面白かった。
Claustro de D.Denis ドン・ディニスの回廊:14世紀初めの建造。この2階部分は16世紀に増築されたマヌエル様式とのことだが、バターリャと比べると簡素な印象教会部分。シトー会の禁欲的な精神に従い、装飾を排した簡素な造り。神の存在を感じる静謐さ。イネス・デ・カストロの棺。このシンプルな教会だからこそ、棺の豪華な彫刻が映える 修道士達は自給自足を旨とし、周辺の土地を肥沃な農地へと変貌させたり、芸術活動に注力したりと、生活文化に大きな影響を与えたらしい。素晴らしいね!
●ナザレ
15時前に到着。団体バスや観光客でごった返す中、駐車スペースをやっとの思いで見つけ、ランチ場所を探す。評価の高い『Rosa dos Ventos』に行ってみたら満席かつ昼営業終了とのこと。前の道路にもテーブル出して席数増やしている有様。2ブロックほど移動して直観で店選び。これが大正解で、ようやく念願のイワシの塩焼きを食べられた!あら塩多めだが、付け合わせの野菜とのバランスが最高。イワシも肉厚で美味しい。アジアの屋台で使われるような簡素な魚焼きグリルで、おじいちゃんが一生懸命焼いてくれる姿が愛らしかった。貝のワイン蒸しも、ニンニクがしっかり効いていて絶品だった。ナザレ好き!食後はビーチ沿いを散歩、ケーブルカーで崖の上へ。大西洋の波は強くて、ビーチのかなり内側にまで波の跡がつく。
開放感あふれる漁村ナザレ。カモメや鷲など鳥が多く、ウィンドサーファー、サーファーもたくさん。崖上(シティオ地区)にあるノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会。8世紀に西ゴート王国から来た僧侶が持っていたマリア像が、イスラエルのナザレのものだったことが町名の由来だが、その像が後世見つけ出されて巡礼者が押し寄せるようになり、1377年に聖堂が建設された。現在の建物は17世紀のもの。
●オビドス
1時間足らずでオビドス到着。この町に来てから急に日本人観光客が増えた印象で、リスボンに近づいてきたことを実感。ナザレより内陸で山の中なので寒い。町の歴史はローマ時代に遡るが、1282年から1834年までは代々王妃の直轄地となってきた城壁に囲まれた小さな町。
ポルタ・ダ・ヴィラ:イスラム時代に作られたメインゲート。18世紀のアズレージョで覆われている。あえて上半分だけ、というのが素敵、全面アズレージョだと息苦しすぎる。
すぐ上の城壁にのぼって町を臨む。斜面に出来た町なので坂道が多いメインストリート。名物のジンジャ(サクランボ酒)を売る店が多いジンジャにはストレートとチョコレート入りのものがある。チョコレートの小さなカップに入れて飲むヤギのチーズも名産らしく、真空密閉されたハードタイプのものを1つ買って帰った。
本日すべての観光を終えて、とうとう最終目的地リスボンへ。所要1時間ほど、19時過ぎにリスボン到着。大都会なので道順もわかりづらく、周囲の運転は粗くてウィンカー出さずに車線変更するし、夜だし雨降ってるし。4重5重のラウンドアバウトも多く、非常にストレスで最悪だった。土地勘のない都会では運転するもんじゃないわ。
やっとのことでチェックインを済ませて部屋に落ち着いたのは8時過ぎ。休憩がてら洗濯。洗剤も物干しざおもアイロンも揃っていて快適!
10時過ぎにようやく外へ。電車乗る元気もないのでUberでリベイラ市場へ向かう。Time Out Lisbonがプロデュースしているだけあって内装はオシャレ。時間が遅いので閉まっている店もあったが、フードコート内はまだ大混雑。有名店も多くて、どの店にするかなかなか決められない・・・タコのサラダとサングリア。ジャガイモ、カブ(?)の葉、ダイストマトと混ぜてサッパリまとまっていて美味しい!あまり食欲なかったのに食べ始めたら胃が目覚める。もう一品、カモとアスパラガスのリゾットを食べる〆にジンジャの飲み比べまで。一番右はオーク樽で熟成させたものらしく、ブランデーみたいにまろやかだった。度数の高いジンジャを3杯も飲んでヘロヘロになった。
帰りは地下鉄を使ってみた。深夜でも利用者多くて危ない感じはまったくない。部屋に戻ったのは24時回っていた。長い一日だった!